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2012年03月15日

GIKAN組踊悲劇「悲恋しょんがない節」初公演

12月29日初公演のGIKAN組踊喜劇「親雲上八太郎と玉那覇クルルン」に続き,GIKAN組踊悲劇「悲恋しょんがない節」の初公演が3月13日国立劇場おきなわにて行われた.

「悲恋しょんがない節」は,舞台中央にセットされた組踊舞台にはおさまらない,組踊あり,芝居あり,歌劇ありの,新しい沖縄劇に仕上がっていた.地謡と多くの「在沖与那国郷友芸能愛好会」の方々を含めた立ち方は,与那国の天・地・人を舞台に再現していた.

組踊,悲劇(tragedy)との関係でいくつか箇条書き的に述べる.

(1)橋懸りを含む組踊舞台をセットしているが.その必要性は感じなかった.むしろセットしないほうが組踊舞台も含めて,舞台がより広くなり,島民の祭のシーンはもっと大きくなったであろう.

(2)ヒロイン,カナシーの沖縄芝居的な甲高い唱えは,他の立ち方の組踊的な唱えとは,あまりに異質で,対照をなしていたことは,結果として,本劇の組踊的な要素を薄めることになる.

(3)「ロミオとジュリエット」あるいは,「曽根崎心中」にしても,絶望・悲惨・憂鬱が舞台を占拠する.ところが本劇の場合は,むしろ明るい未来がすぐここに現れるようで,悲劇のリアリティが連想できない舞台であった.比較のため思い浮かべたのは,組踊「手水の縁」の知念浜における玉津の刑直前までの舞台と,歌劇「奥山の牡丹」終幕近くの母・息子再会の後に母親が自殺する舞台である.

(4)あの世でともに幸せそうなカナシーとマカルーが,再び現れることもTragedyの重みを減じてしまっている.観るものは,悲嘆に沈んだ気持ちにはならない.それは二人の復活があったからである.

(5)組踊的に唱えをすれば,組踊になるわけではないので,本劇を「新作組踊」とカテゴライズすることには無理がある.また,タイトルとしてプログラム等に

組踊悲劇 「悲恋しょんがない節」
異聞・与那国島の恋物語

と印刷し,固定しているかと思うと,ティケットには,

組踊悲劇 「悲恋しょんがない節」
異聞・久部良バリ心中

とある.作者自身がころころと変えているとは想像しがたいけれども,タイトルが冗長的でもあり,組踊的では全くない.組踊,歌劇や芝居のように,簡潔なタイトルが望ましい.例えば,「悲恋しょんがない」だけでも,適当な気がする.

(6)将来この劇の公演のたびに,今回のように大勢の出演者が必要とされるのなら,そう頻繁にはできないであろう.それにしても,全体として,この新しいスケールの大きい琉球劇の誕生を大いに喜びたい.


演出:三隅 治雄
監修:玉城 節子

地謡統括:城間 徳太郎
立方統括:玉城 節子
音楽・演出助手:高江洲 義寛
琉歌・琉球語:玉城 正治
神女・子供芸能指導:宮城 葉子
与那国芸能統括:真地 利尚

出演協力:在沖与那国郷友芸能愛好会


配役

カナシー:小嶺 和佳子
マカルー:東江 裕吉
カナシーの父親:具志 幸大
カナシーの母親:花城 富士子
大主(首里役人):宇座 仁一
地頭代:石川 直也
村の男:玉城 匠,天願 雄一
ちょうちゃく持ち:高宮城 実人
村祭りの男・女:20名
神女:宮城 葉子,他2名
棒術:4名
舞踊(与那国の猫小):4名


地謡

歌・三線:花城 英樹,横目 大哉
箏・十七弦:具志 幸大
笛:豊里 美保
太鼓:高宮城 実人
箏:宮城歌那乃


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Posted by kariyushi-village at 21:05│Comments(0)組踊
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